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最後の夏―雅子の熱い日々

著者 杉浦陽子

2000年7月12日(水)産経新聞静岡版”学びと教えの現場から”掲載

最後の夏―雅子の熱い日々

 1学期が終わるとともに、中学校では夏の大会が始まる。三年生にとっては「最後の夏」だ。
 バスケット部のレギュラーとして活躍していた雅子が、膝のじん帯を伸ばしてしまう大怪我をしたのは、5月だった。
 約3週間の松葉杖での生活。ギブスがとれた後も、リハビリがはかどらない。焦る気持ちと裏腹に、走ることもままならない日々が続く。その間に、レギュラーの座は他の生徒に取って代わられていた。
 
 6月。大会を一ヶ月後に控え、チームとしての戦術練習の時間が増えてきた。レギュラーメンバーのみがコートに出ている時間が多くなる。
 コートの外から見ている雅子の声が響いた。「違う。そんなとこでパスじゃない。」「リバウンド! さっきも言われたのに、取りにいってないじゃん。」
 コートの中のメンバーに対する口調がきつい。動けない自分に対するイライラが含まれていることが、部員みんなにも感じられた。
 そんなある日、またゲーム練習をしている最中のことだ。突然雅子が泣き出した。「どうせ私は大会までに治らない。治ったって走れないし、みんなの迷惑になるだけ。私なんかいても仕方ないじゃん。」
 生徒たちが集まってきた。しかしかける言葉が見つからない。下手な慰めの言葉は無意味であることくらい、3年間ともに過ごしてきた部員たちにはわかっていた。
 
 指導者である私は、黙って雅子を体育館から連れ出した。気持ちを落ち着かせるためだ。練習終了後、私は雅子を連れてバスケットボールに詳しい知人の家に車を走らせた。対戦相手の試合の様子を収めたビデオテープを持って。「今から○先生にビデオを見てA中の分析をしてもらうから。一緒によく聞いてよ。練習のときにそれをみんなに伝えなきゃいけないから。」
 雅子は黙っていた。
 二時間ほどのビデオ分析の後、帰りの車中で、雅子は「先生、いろいろ教えてもらってよかったね。みんなに言わなきゃいけないことがたくさんあるから、私ちょっと整理してくる。」と話し始めた。そして「先生、私も少しは役に立つかなぁ、みんなの。」と下を向いてボソッと言った。「雅子もいるからこそS中バスケット部じゃないの。目標に向かって三年間やってきたんだから、みんなでいい終わり方をしたいよね。雅子の力、絶対必要だよ。それと雅子、大会中に必ず出すよ。私はあきらめてない。やれるだけやってみない?シュートうつチャンスがきっとあると思うよ。」
 その日を境に、雅子は自分なりに心の整理をしたようだった。毎朝6時半にはだれよりも早く体育館に来て黙々とシュート練習をしていた。大会前日までそれは続いた。
 雅子がサポーターを巻いた足でコートに立った。が痛々しさは感じられない。雅子のシュートが決まった瞬間、ベンチ全員が両手を突き上げて立ちあがり、「ナイスシュート」と叫んだ。応援していた一年生部員は、観覧席で泣いていた。しかしそれはチームにとって最後の試合となった。
 「私はずっと、レギュラーじゃない人の気持ちなんて考えたことがなかった。でも自分が試合に出られなくなって、初めてそういうことがわかった。最後の大会、スタメンじゃなかったことは今でも悔しい。でもちょっとだけ、前より人間として成長したかな、と思える。」
 二学期に提出された、「心に残ったこと」という題の雅子の作文である。
(中学校教諭・杉浦陽子)

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